へえ、文学国語と論理国語!なるほど。大昔は、これが統一されていたんですけどね。でも、今はだいぶ流派が違いますね。
でも、国語は放置できないと思いますよ。ほっておくと本当にネットスラングレベルでしか事象を受け止められない、表現できない人間になってしまいます。
とは言っても、国語力はもう、生まれ持ってのセンスだと思います。
例えば、ボカロ丼を眺めていても「おお、この人は年々ボキャブラリーが増えていくな」みたいなことは起きないですよね。頭が良いとか悪いだとかいうより、センスの良さ、悪さなんですよ。
あと「この気持ちを文章にしたい、この景色を文章にしたい」という情熱。情熱がないと国語は身に付かない
おそらく、一般の高校レベルの国語の先生では、そこまで授業できないんですよ。
論理的思考も、情熱がないと組み立てられない。シュレディンガーの猫だとかもそうですけど。「この概念をなんとか説明したい」という情熱がないと、ああいう論理は出てこないんですよ。スキルでパッと出るものではないです。 https://vocalodon.net/media/alcroT8SmHc1Xi_4_4Q