トモキさんが、ちょっと前に「議論ができるSNSが作れないか」「どういう議論だったら面白い話ができるか」みたいなことを検討されてましたけど。全て無駄ですよね。先にシステムを作っても意味がない。まずは、話す側に情熱がないといけない。
「情熱」の定義が難しいですけど、例えば「裁判」でもいいんです。
「オレは絶対に無罪だ!」
「いえ、この人は嘘をついてるんです!証拠はここにあります!」
これも「伝えたい」という「情熱」です。この情熱があって、初めて「喋るルール、マナーはこうしよう」というルールが整備される。
ところが、今のSNSにおける「会話」は、「情熱」の矛先が「対話、表現」とは別の方向に向いている。
というか、もう、会話自体が、国語力でありセンスなんですよね。センスがない人に、いくら素晴らしいシステムを準備してもダメなんですよ。
例えば「徹子の部屋」という対話のシステムがあります。あれも優れたシステムなんですよ。見えないですけどルールやマナーがある。
でも、そこにポンっとトモキさんが入っても、全く面白い話にならない。それはシステムの不備ではなく、トモキさんの不備です。