外伝:無知1
あの日から私は新しい家に住んでいる。
とても綺麗なお庭。
とても綺麗な廊下。
お父様やお母様も喜んでいる。
でも、どうしてだろう?
最近、私は何もせずにぼーっとしていることが多くなった。
お父様やお母様に名前を呼ばれても気がつかない。
お食事の時も気づいたら上の空になっていると言われる。
心配されてお医者様も家まで来たけれど、悪いところは何もないって言っていた。
でも、どうしてだろう?
前と何が違うのだろう。
私が"それ"に気がついたのは、ある日お部屋でぬいぐるみを抱いたときだった。
なぜか無性に寂しくなって、ぬいぐるみをぎゅっとした。退院した時にお父様からもらったぬいぐるみ。そして、あの人に名前を聞かれたぬいぐるみ。
そうだ。私はぼーっとしている時、あの人のことを考えていたんだ。
私の手をとってくれたときの綺麗な細い指。
綺麗な顔と声。優しく話しかけてくれた。
でも、何より嬉しかったのは、ぬいぐるみの名前を聞いてくれたこと。
もう一度、あの人に会ってみたい。
あの頃のヲキチはまだ"恋"という言葉を知らなかった。