セレスティア草原。
王国の直轄地として整備された美しい草原である。ミコエル神殿は草原の東の端に位置しており、首都のクロスフェードまでは4000キロ離れているらしい。
首都から最も遠いところにある場所の1つだからこそ、自然がそのまま残されており、森、山、川を含めたこの周辺は自然保護区域に指定されているとのことだ。
これまでは、時折、野生の動物が魔物化することはあったものの数は決して多くなく、ここ数年はほとんど被害もでていなかった。
ところが、ほんの数週間前、ミコエル神殿の周辺に突如大量の魔物が出現した。
その数、30体。
目撃した者たちによると、魔物たちは"まるで何かに操られているかのように"徒党を組んでミコエル神殿を取り囲んでいたらしい。
普段、ミコエル神殿は結界に守られていて、魔物は侵入することができない。
だが、その日、何者かによってミコエル神殿の結界は破られていた。ミコエル神殿の結界は、王国の魔法師団によって作られた強固なものであったため、未だに結界を破壊した者の捜索は継続されているとのことだった。
はなぽ
称号:わんわんP
種族:果樹族
固有スキル:クラフト
レベル:35
経験値:ーーーーー
体力:1020
魔力:800
攻撃:650
防御:890
敏捷:350
状態:素材鑑定LV5、仕上げLV5、発掘LV5、錬金LV5
ステータスは高くないけど、発掘や錬金みたいによく分からないものが並んでいる。経験値が表示されていない。
あと、果樹族ってなんだ!?
「あの、はなぽさん。これからどうするんですか?」
聴きたいことが多すぎる。
「そうですね。ここから王都までは距離があるので転移の魔法が使える方のところまで行って、送って貰おうと思います。」
転移の魔法があるのか。
それは是非知りたい。
最強の移動手段になる。
「僕もそこまでご一緒してもいいですか?セレスティアのことや、はなぽさんのスキル、クラフトについても知りたいですし。」
タダトモさんのステータスも後で確認しておこう。
「ほう、それはタブレットと言うのですか。それだけ精巧な魔道具は流石に作れませんので、機会があれば見せて欲しいものですな。」
これ、そんなにすごいものなのか。
国からの特殊な支給品ということで、タブレットは俺専用の魔道具でいいんだよな。
「機会があればお見せしますよ。さてと。」
俺はマップを起動する。
ついでに、はなぽさんとタダトモさんのことも見ておこう。
サーチで個人を特定できるのかな?
サーチ:はなぽ
頭の中には地図が出るが、赤い点が表示されない。どういうことだ?
そういえば、もう一つ名前があったよな。
えっと、はなぽさんは、ボカロ丼では……
サーチ:わんわんP
頭の中の地図に赤い点が1つ表示された。
どうやら、称号と言っていた方が本当の名前になるらしい。
どこかのソシャゲでも実際の名前が公開されるシステムがあったな。
ということは、タダトモさんも、ダンテPじゃないとサーチにかからないのかもしれないな。でも、これでステータスを見ることができる。
ミコエル神殿を出ると、はなぽ、タダトモ、ドイルの3名の目の前にはセレスティア草原が広がっていた。
ドイルはマップとサーチを使うためタブレットを取り出す。
「おや?それは?」
はなぽさんがタブレットを見た。
「これは僕の魔道具ですよ。」
嘘は言ってない。ミコエルから貰ったことは当然黙っておくけど。
「あれだけの魔法が使えるなら、ドイルさんのスキルはきっと攻撃系ですね。」
そうか、はなぽさんやタダトモさんには、俺のスキルのことは話してないんだった。
これ以上、嘘をつくのは気がひけるが、"トランスモーフ"なんてレアスキルの話をするのもリスクが高い気がする。あれ?でも、ステータスを見れば分かるんじゃ?
「タダトモさん、ステータスを見たら分かるんじゃないですか?」
ステータスが見れているなら、スキルも分かっているだろう。
「えっと、ステ?なんですか?」
おっと。通じてないだって。
まさか、ステータスは誰でも見れるものじゃないのか?
「い、いえ、スキルは攻撃系ですよ。このタブレットを使ってバーッとですね。」
必死の弁解を試みる。
アナザーストーリー:雨乞いを待つ天使3
ミコエルは信者の力がある限り、その力を失うことはなく、死ぬこともない。それは疑いようのない事実だ。
でも、モケケはミコエルが毎回復活することに何のリスクもないとは考えていなかった。ミコエル自身は何も語らないが、モケケは何かあると思っていた。
かつての戦争の中、ミコエルは何度も命を落とし、復活してきた。
信者を庇い、味方を庇い、時には敵になる者すら守り抜いた。
モケケも戦いに参加していた。
ただし、敵として。
そう、モケケはかつてミコエルを殺そうとした者の1人である。ミコエルに戦いを挑み、敗れ、そして、赦された。
「私と一緒においでよ。」
敗れたモケケにミコエルは手を差し伸べた。その時から、モケケはミコエルのボディガードを勤めている。
自分より弱い者がボディガードを勤めることに何も言わず、まるで仲の良い友達のように笑ってくれる。これほど嬉しいことはない。
モケケはミコエルの魔力が"傘"に移されていくのを見ながら、雨乞いの儀の成功を祈っていた。
アナザーストーリー:雨乞いを待つ天使2
信者たちの間にはすでに話を広めている。雨乞いの儀の日取りさえ決まれば、信者たちは集まってくれるだろう。
「そうだねぇ。うわぁ、かわいい。」
ミコエルが由杞からの魔道具を見て声をあげた。渡されたのは"傘"の魔道具。
ミコエルの白い服、青い髪に合わせた色彩になっている。
「どうやら、この魔道具には余剰分の魔力を貯めておける機能があるそうです。ミコエル様、魔力を流してみて下さい。」
ミコエルが魔力を流すと、淡い青色の光が魔道具に灯る。スキルによって魔力が自動的に回復するミコエルにはうってつけの魔道具である。
「"アトラスの軌跡"を発動した後、この魔道具に貯めた魔力を回復すれば、少しは安全でしょう。」
モケケは雨乞いの儀でミコエルを護衛する責任者でもある。ミコエルは気に入った様子で"傘"をさして鼻歌混じりだ。
「ほら、ミコエル様、魔道具に限界まで魔力を込めてから回復に努めてください。」
魔道具の説明を読む限り、魔力の蓄積量は3000。かなりの数値だ。
「わかってるよぅ。モケケちゃんは心配しすぎだから。」
アナザーストーリー:雨乞いを待つ天使1
「ミコエル様。由杞様から、雨乞いの儀に向けた魔道具が届きましたよ。」
ドイルを送り出した後のハザマノセカイ。
どうやら大天使はあの時作った森林が気に入ったらしく。森の中にコテージを作り、木製のテーブルとイスで森林浴を楽しんでいた。
「モケケちゃん、ありがとう。」
モケケは、大天使ミコエルのボディガードを勤める者。甲殻類のカニを模した姿をしているが、水棲生物ではなく、水神の一角を担う神族である。
モケケは、ミコエルに頼まれて雨乞いの儀の準備に奔走していた。
深海の国プリズムへ訪問し、しょこらどるふぃんに面会した。ほとんど外に出ることのない四天王の情報を収集し、雨乞いの儀に介入してくるつもりなのかどうかを確認することを試みた。
そして、現在、まきエルの指導のもとで砂漠地帯の付近で祭壇づくりが急ピッチで勧められている。その間、ミコエルは魔力を貯めておかなければならず、モケケはミコエルの側を離れるわけにはいかない。
「あとは祭壇の完成と、こるん様の歌の完成を待つばかりですね。」
アナザーストーリー:首都への道程(序)2
夕食は鹿肉のフルコースだった。
でも、同じ食卓を囲む者は誰もいない。
いつからだろう、家族で食卓を囲まなくなったのは。
その日の夜、ユーリは使用人たち見送られながら家を経った。
学園が始まるまでには、まだしばらく時間があるそうだが、早くセレスティアでの生活に慣れるようにと父が予定を早めたと言っていた。
セレスティアの首都"クロスフェード"。
ファンド王が治める地。
そこにある学園は、あらゆる身分の者たちが暮らす場所だと聞く。
セレスティアは自然に囲まれた豊かな大地。
私の住むリッカは、プロムナードの属国。
かつての戦争の時に占領され、国としての対面は保っているものの、国の政策のほとんどはプロムナードの言いなりだ。
セレスティアは友好的な国だと人はいう。
それでも関係ない。
楽しいことなど何もない。
ユーリはこれからの生活に何も期待していなかった。
ユーリのセレスティア到着まであと2週間程である。
アナザーストーリー:首都への道程(序)
馬車が到着した場所は森から少し離れたところに立つ貴族の屋敷だった。
「着きましたぞ、ユーリ様。」
爺やが馬車のドアを開ける。
「そう……。」
この屋敷はもう彼女にとって、自分の家ではない。私の居場所は、あの森の中だけだ。
「ユーリ、お前は"リッカ"の貴族として正しい振る舞いを……。」
「"リッカ"の貴族の娘は、あなたの歳には代々プロムナードの貴族の男と婚約しているのにお前と来たら……。」
「お前をセレスティアの学園に入れる。貴族としての振る舞いを身につけ、婚約者を見つけて来い。」
「貴族の男性と結婚するのが、あなたのためなの。子どもを産んで、育てることが家を守ることになるのよ。」
もううんざりだ。
自室に戻ったが、もう荷物はほとんど残っていなかった。
どうやら生活用品は先に送られてしまったらしい。
残ったのは、この剣とセレスティアまでの数週間の旅をするための服くらいだ。
さすがに、独りでセレスティアまで行けとは言われなかった。
そのくらいの良心は残っていたらしい。
外伝:再会2
お城に着くと、お出迎えの人がいた。
「ヲキチ様、ファンド様がお待ちです。」
お父様は、優しく「行っておいで」と背中を押してくれた。
この間、案内してもらった赤と白の薔薇がたくさん咲いたお庭。きっとあの人はここを抜けた先にいる。案内してくれるはずの人よりも早く、私は夢中で走っていった。
お庭の真ん中。薔薇に囲まれた椅子と机のある場所に、あの人は座っていた。私を見つけたあの人はゆっくり立ち上がると、こちらに歩いて来る。今思えば、全速力で走りすぎて、私は肩で息をしていたのかもしれない。
「ファンド様!」
彼の姿を見つけた私は大きな声で名前を呼んだ。
「そんなに急がなくても、私はどこへも行きませんよ、ヲキチさん。」
綺麗な笑顔だなと思った。
「お久しぶりです。私に会いたいと言ってくれたそうで、とても嬉しかったですよ。でも、あまり大きな声を出すと、お花たちも驚いてしまいますので。」
口元に指で手をあてて、静かにというサインを出す。私はぬいぐるみを抱いたまま、彼の細くて長い指に魅入っていた。
外伝:再会1
彼との初めての出会いから3ヶ月。
お父様が私をお城に連れて行ってくれることになった。
私がこの間、お部屋でぬいぐるみを抱いている時、お母様がお部屋に来た。
どうしたの?と心配そうに聞かれたから、王子様のことを考えていたと正直に伝えた。お母様はとても驚いていた。
それからお母様は私に王子様のことを聞いてくれた。私は夢中で王子様のことを話した。
ぬいぐるみの名前を聞いてくれたこと、お父様と王様が話している間にお城の中を案内してくれたこと、お母様は嬉しそうに聞いてくれた。
その日の夜、私がおトイレに起きた時、お父様とお母様がお話していて、お父様が泣き崩れていたのだけれど、私には何のことか分からなかった。
お城に行く馬車から見た景色は前に乗ったときよりもずっと綺麗だった。
外伝:無知1
あの日から私は新しい家に住んでいる。
とても綺麗なお庭。
とても綺麗な廊下。
お父様やお母様も喜んでいる。
でも、どうしてだろう?
最近、私は何もせずにぼーっとしていることが多くなった。
お父様やお母様に名前を呼ばれても気がつかない。
お食事の時も気づいたら上の空になっていると言われる。
心配されてお医者様も家まで来たけれど、悪いところは何もないって言っていた。
でも、どうしてだろう?
前と何が違うのだろう。
私が"それ"に気がついたのは、ある日お部屋でぬいぐるみを抱いたときだった。
なぜか無性に寂しくなって、ぬいぐるみをぎゅっとした。退院した時にお父様からもらったぬいぐるみ。そして、あの人に名前を聞かれたぬいぐるみ。
そうだ。私はぼーっとしている時、あの人のことを考えていたんだ。
私の手をとってくれたときの綺麗な細い指。
綺麗な顔と声。優しく話しかけてくれた。
でも、何より嬉しかったのは、ぬいぐるみの名前を聞いてくれたこと。
もう一度、あの人に会ってみたい。
あの頃のヲキチはまだ"恋"という言葉を知らなかった。
アナザーストーリー:吟遊詩人8
「そ、そんなこと……。」
ないと言わなくちゃ。
「いいわ、そういうことにしておいてあげる。」
闇姫Pはまるですべてを見透かしているような口調だ。
「こるんさん、rainydayさんからのご伝言です。私の邪魔だけはしないようにと。」
邪魔。いったいこの人たちは何をするつもりなの?
そもそもこんな化け物たちを止められる人なんて。
「あなたたちは……何なの?」
私は踏み込んではいけないとわかっていてその質問をぶつけた。
でも、知ることで、彼らに近づくことができるかもしれないとどこかで思った。
闇、陰、虚、殺、死……あらゆる負の言葉を体現したような者たちに私はどこかで魅力を感じてしまったのかもしれない。
「私たちは暗黒大陸より来りし者。あなたたちレミルメリカの民が"四天王"と呼ぶ者ですよ。」
立花いな実の言葉の後に再び烏の鳴き声が聞こえた。
そこからちょうど1ヶ月。
吟遊詩人こるんは、ついに雨乞いの歌を完成させた。
アナザーストーリー:吟遊詩人7
なんてやつだ。
「どうするの?こるんさん。もし遅らせずに死にたいなら烏さんたちにお願いして、食べてもらうこともできるけど?」
立花いな実の手に乗った烏がグワアッとひときわ大きな声で鳴いた。
もはや私に選択肢はない。
「分かりました。1ヶ月は遅らせます。でも、砂漠地帯を考えるとそれ以上は。」
これが最大の妥協線だ。
砂漠地帯の被害は深刻で、すぐにでも儀式をお願いしたいと、祭壇の準備を急ピッチで行なっているとさえ聞いている。
「1ヶ月もあれば十分です。よかったよかった。これで契約成立ですね。こるんさん、曲の進捗だけたまにお聞きしますので、お答えくださると幸いです。ん?どうしたんですか?rainydayさん。何か問題でも?」
顧問Pの口調が軽くなる。
「よかったわねえ、このくらいで。でも、こるんって言ったかしら、あなた、私たちと同じ"こちら側"の人間でしょ?」
私がこいつらと同じ?
闇姫Pが何を言っているのか分からない。
「だってあなた"自分のために"しか曲を創っていないでしょう?」
再び背筋に寒気が走った。
#ボカロ丼異世界ファンタジー
アナザーストーリー:吟遊詩人6
「ん?断ってくれても構わんよ。別に殺しに来たわけじゃない。」
顧問Pに心を読まれたのだろうか。
「ただ、こるんさん、最近、曲が書けなくて困っていませんでしたか?」
顧問Pが黒い笑みを浮かべる。
たしかに、いくら書いても納得するものができなかった。
いつから私を監視していたんだ。
「それ、顧問Pのスキルの影響よ?」
闇姫Pの言葉が聞こえた。
「スキ……ル?」
私が曲を書けないのはこいつらのせいだって言うの?まさか、そんな。
「闇姫P、それ以上はダメだ。こるんさん、これが私のスキルなのですよ。あなたが曲を書けないのも、あなたの気分が何をしても晴れないのも……ね。もし、あなたが歌を創るのを遅らせてくれるのなら、私はあなたのお邪魔を致しません。」
こんなの取引ですらない。
「もし断ったら?」
殺されるかもしれない。
「少なくともその程度で私はあなたを殺したりはしませんよ。他の3人は知りませんが。ただし、あなたはこれから先、誰かに殺されるか自ら命を絶つまで、二度と納得する曲を完成させることはできません。」
アナザーストーリー:吟遊詩人5
「自己紹介がまだだったか。失礼した。私は顧問P。立花いな実は先ほど名乗ったな?こっちにいるのが闇姫P。あとは……はぁ、いくら顔を見せたくないとは言え、そこまで隠れなくても。姿くらい見せて……。」
顧問Pと名乗った人、人なのかどうか分からないけど。4人いたの?いつから?
もう1人と何かを話しているようだ。
「いや、失礼。もう1人がどうしても姿を見せたくないというので、名前だけの紹介になってしまうが、もう1人は雨傘P、ああ、rainydayと呼んだ方がいいか。さて、自己紹介も終わったところで本題に入ろう。」
顧問Pの声のトーンが下がる。
「吟遊詩人こるん。雨乞いの歌の創作を遅らせて欲しい。」
創作を遅らせる?
殺しに来たんじゃないの?
「遅らせるって……。」
何とか言葉を発する。
「そのままの意味ですよ。完成をもう少し後に伸ばしてください。」
立花いな実と名乗っていたフードの女だ。
「具体的には〜そうねえ、1ヶ月くらい後ろにして欲しいわね。」
闇姫Pが告げる。私にここで断るという選択肢はあるのだろうか。
#ボカロ丼異世界ファンタジー
アナザーストーリー:吟遊詩人4
「火をかけたままにするのはよくない。止めておいたぞ。」
誰かいる。まさか2人目がいるとは。
「美味しそうな匂いがしてるわねえ。これ、食べてもいいかしら。」
3人!?
いつの間に3人もここにいたの!?
「あ……あ……」
恐怖で声が出ない。
「そう怖がるな、吟遊詩人。いな実さん、殺気を止めてやってくれないか。可愛そうに話せなくなっている。」
殺気……この震えの原因が?
「はいはい。これでいいですか?このくらいで根をあげちゃうなんて、吟遊詩人も大したことなさそうですね。」
急に身体が軽くなった。
「ごめんねぇ。この人たち、手加減とかあまり知らないから。」
この声、男性?女性?
黒いヒラヒラとした服を着ている。
「ちゃんと手加減くらいできますよ。闇姫Pこそ、遊び癖が抜けないくせに。」
立花いな実、闇姫P。
聞いたことのない名前だ。
「あ、あなたたちはいったい。」
次元の違う強さを感じる。
言葉を選ばなければ、私は殺される。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
私は世界一の吟遊詩人になるんだから。
アナザーストーリー:吟遊詩人3
咄嗟に飛び退く。
「あなたがこるんさんですね。」
黒いフードの女。
伸ばした左腕に留まった烏。
「誰……。」
身構えながら尋ねる。
だが、こるんは"吟遊詩人"。
魔法は歌によって発動させることができるが、今の状況では時間がかかる。
それに、これほど近くにいて全く気配を感じられない程の相手。
レベルが違う。
スキルの発動をすれば、おそらく即座にやられてしまうだろう。
「初めてまして、私はいな実。立花いな実です。こるんさん、あなたに少しお話があってお邪魔しました。」
殺される。
なぜかそう感じた。
理由は分からないが、辛うじて口が動かせる程度で、身体が小刻みに震えてうまく動かない。
「な、なんのよう……ですか。」
丁寧に話したつもりだ。
「ええ、雨乞いの儀に奉納する歌のことで少し。」
歌い手の私を殺そうと言うのか?
儀式をさせないためなら、たしかにそれが一番早い。私以外に歌を創る者はいない。
グツグツ、グツグツ
少し沈黙があると煮えるスープの音が響く。
カチッ
えっ……?誰かが突然火を止めた。
アナザーストーリー:吟遊詩人2
なぜだ。
ある日を境に、いくら書いても、いくら歌っても、納得するものができている気がしなくなった。
なぜだ。
なぜだ。
こんなことはこれまで一度も無かった。
私に……私にできないはずはない。
なぜだ。
なぜだ。
書いては消し、書いては消し。
弾いては辞め、弾いては辞め。
いつの間にか7日7晩が経っていた。
そして、疲弊した私の前に"彼ら"が現れた。
8日目の朝、私は再び机に向かった。
昨日は疲弊して床で眠ってしまったらしい。
6日目には気分転換に散歩もしたが、何も変わらない。
スランプという言葉が頭をよぎる。
いや、そんなことあるはずがない。
プライドがそれを認めなかった。
「スープでも飲もう……。」
食欲もあまりなかった。
私はキッチンに行きスープを火にかける。
バサバサッ
どこからか羽根の音が聞こえた気がした。
バサバサッバサッ
気のせいじゃない!
部屋の中にいる!?
私は周りを見渡した。
どこだ。どこにいる。
「そんな怖い顔してちゃダメですよ。」
後ろ!?
急に背後から声がした。
アナザーストーリー:吟遊詩人1
「できた……ついに完成した。」
私の魂を注ぎ込んだこの歌があれば、大天使ミコエルに力を届けることができる。
雨乞いの歌。
……………………。
………………………。
…………………………。
まだ思い出すと身体が少し震える。
吟遊詩人こるんは、少し前のことを思い出していた。
"彼ら"と邂逅した時のことを。
砂漠地帯へ足を運んだ時、私は"砂漠の民"に雨乞いの儀のための歌を創ることを依頼された。天使に祈りを届けて欲しいと。
だから私はミコエル神殿に赴いた。
まきの……いえ、まきエルは、信徒たちの言葉だからと快く聴いてくれた。
そして、彼らだけが知る"伝説入り"の歌のことも教えてくれた。
私ならきっと書ける。
根拠のない強い自信が私にはあった。
ミコエル神殿でまきエルに会ってから数日後。私は自ら各国の重役たちと接触した。
セレスティア王国のクリスエス
プロムナード王国のKAI
他の国にも伝わるようにしておいた。
私はこれで世界一の吟遊詩人となる。
私の歌が世界を救うと噂になるはずだ。
そう思っていた……。