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理屈が分かれば、作ることもできるはずだ。

「創作系のスキルがあればいいんですけど。」

小金井ささら、文月莉音、かいな、3人共、創作に関わるスキルではないようだ。もちろん、俺のスキルもちがう。

でも、俺には創作のスキルがある。

「俺に任せて貰えませんか?」

3人は驚いた顔をした。俺は素材を探してくると小金井ささらに説明し、2人のことを頼んだ。まだ動物との遭遇までは少し余裕がある。

…………
わんわんPの契約書を使用します。
…………

俺は3人から少し離れたところで契約書を発動した。

ドイル
種族:人間
固有スキル:トランスモーフ、クラフト
レベル:38
経験値:427523
体力:1100
魔力:900
攻撃:700
防御:990
敏捷:356
状態:素材鑑定LV5、仕上げLV5、発掘LV6、錬金LV5、増設LV1、解体LV1

前回見たときよりもステータスが上昇している気がする。「解体」なんてあったかな?

「でも、束縛する魔法は難しい。」

たしかに、大天使ミコエルの契約書の使用時に発動できる「タイムライナー」のように相手の動きを制限するもしくは阻害する魔法は魔力の消費が激しい。

「罠で足止めとかはできませんか?」

文月莉音は提案する。

「動物たちはかなりの大きさみたいですけど、そんな大きな罠を今から作るのは。」

男手があるとはいえ、残り3人は女性。かいなの意見は最もだ。しかし……。

「どういう罠?」

俺にはアレがある。

「私はリッカで育ったので、よく見たことがあるんですけど。」

そう言って文月莉音が説明してくれたものは、鹿の足に引っかかる輪っかのついた罠だった。たしか「足くくり罠」。

筒のなかに踏み込むことで作動する踏み込み式の罠になっているようだ。鹿が足を輪の中に入れると、バネの力を使って輪が締まるようになっているとのことだった。

「ささらさん、場所と動物の種類は分かりますか?」

俺は自分のサーチの情報と照らし合わせるために質問した。

「北に480メートル。たぶん、例の鹿。」

近づいている。俺のサーチでは正確な距離までは測定できていないが概ね間違えてはいないだろう。鹿だったか。

「え?鹿、もう見つけたんですか?」

かいなが驚きの声を上げた。

「ユキちゃんが見つけた。行くよ。」

小金井ささらは腕に乗せたユキちゃんに話しかけると、迷いもなく真っ直ぐ歩き始めた。俺たちも後に続く。

「作戦とかどうするんですか?」

文月莉音が歩きながら誰とはなしに話しかける。小金井ささらが先頭、次がかいな、文月莉音と続き、俺が殿を勤めている。

「相手は大きいから魔法は当てやすい。本当は動きを止めてから一斉攻撃が常套手段。」

小金井ささらは淡々と答える。魔法師団だけあって、戦い方は心得ているようだ。

 

「ユキちゃんかわいい。」

数日会わなかっただけだが、相変わらずだ。

「このあとはどうされるんですか?」

もう1人のパーティーメンバーが話しかけてきた。ちなみに、こちらも女性だ。切れ長の目が特徴的な彼女の名は「かいな」と言うらしい。

「この4人で力を合わせて例の動物たちを狩るしかないですね。」

文月莉音は戦士(実際にはパワーファイターらしいが)、小金井ささらは魔法使い、俺とかいながオールラウンダーということになるので、バランスの良い編成になっている。

俺は「サーチ」で確認した丸印の位置を確かめる。ここから約500メートル離れたところをゆっくりと移動しているモノがいる。おそらくこれが標的の獣だ。

「みんな、『サーチ』に反応があった。」

文月莉音と話していた小金井ささらが突然反応した。魔法師団だけあって切り替えが早い。かいなと文月莉音は「?」という顔をしている。

どうやら小金井ささらも「サーチ」の魔法が使えたらしい。

実はこの話をしている間に丸印同士が重なり、丸印の一つが消えていたのを俺は見逃さなかった。残った一つの丸がゆっくりと、だが確実にこちらに向かって来ている。おそらくこれは先ほどの動物の中の一体だ。移動が遅いがこの短時間で受験生を倒すとは只者ではない。合流を急いだほうがよさそうだ。

俺は莉音さんに声をかけ、残りのメンバーとの合流するために移動を始めた。

10分と経たないうちに俺と文月莉音は、残りの二人と合流を果たした。

「これで4人揃いましたね。」

俺たちは今、4人で円になっている。

「莉音さん、その簪かわいい。ユキちゃんに似合いそう。」

なぜか同じグループに小金井ささらさんが居た。魔法使いのグループにいたらしい。

「この簪が私の魔道具なんですよ。武器にもなるし、かわいいし、便利ですよ。」

文月莉音はパーティーが増えて嬉しそうだ。小金井ささらが手に乗せているユキちゃんには最初驚いたようだが、すぐに順応してしまった。

「見た目では分からないかもですけど、私は人族と獣人族のハーフです。獣人族の血が濃いみたいで、魔法はあんまり得意じゃないです。」

ハーフになると獣人族でもこうなるのかもしれない。スキルも「羆殺し」だからパワータイプで間違いないだろう。このステータスだと、運営神TOMOKI++の契約書の力には全く及ばないだろうけど。

「でも、来世は筋肉ムキムキになりたいのでパワーには自信ありますよ!」

ムンッと力瘤を出すポーズを取る。いや、そんなに力があるようには見えないけどな。

「近接戦闘では期待してますね。」

とは言ってみたものの、どうなるか分からない。俺一人で敵を屠る可能性も視野に入れておかないと。

「莉音さん、たぶんあと何人か仲間がいるみたいですし、まずは皆さんと合流しませんか?」

俺は「マップ」上で、近くにいた他の丸印が少しずつ動いているのを確認していた。残りの二人も仲間を探すために動き始めたのだろう。それに、10キロ圏内に……おそらくあの動物もいる。

「前世はゆで卵、来世は筋肉ムキムキになりたい。」

前世がゆで卵ってどういうことなんだ。

「変わった前世の持ち主だな。」

ここまで来ると筋肉ムキムキになりたいって部分はスルーしておいたほうがよさそうだ。

「あなたは前世を知らないの?」

レミルメリカでは前世ってそんなに簡単にわかるのか?いや、転生する前を前世とするなら元々は社畜だけど。

「俺は自分の前世は知らないな。」

ゆで卵が前世だと言われても困るだろうが。

「そう……残念。」

何が残念なのか分からないが、ひとまず敵対心を持たれてはいないようだ。

「文月さんって呼ばせてもらえばいいかな?俺はドイルで構わないから。」

話題をそっと変える。

「莉音でいいです。こちらもドイルさんと呼ばせてもらいます。」

気さくな感じで何よりだ。

「それなら莉音さんにさせてもらうよ。えっと……俺は人族、練達場では真ん中にいたからオールラウンダーになるのかな?あと、称号はもってない。」

俺は簡単な自己紹介を済ませた。試験中にあまりゆっくりと話している時間はない。

ステータスもそれほど高くないため、攻撃されても耐えられることは分かった。スキルはかなり物騒な名前だけど。

ガサガサ、ガサガサ

俺はわざと音を立てて草むらを揺らした。

音に反応して文月莉音がこちらを見た。腕を肘から曲げ、爪を前に押し出すような形で戦闘態勢をとる。

「誰っ!」

いきなり声を上げてくるとは強気だな。

「待ってくれ、敵じゃない。」

俺はそう声をかけると、隠れていた木の陰から姿を現した。

「俺はドイル。君と同じ受験生だ。」

わざとらしく両手を上げて敵意がないことをアピールする。文月莉音はこちらを警戒しつつも腕を下ろした。良かった、戦う気はないらしい。

「驚かせてごめん。たぶん、俺たちはチームだと思うんだけど。」

俺は文月莉音に話しかけながら、ゆっくりと近づいた。

「私は文月莉音。前世はゆで卵、来世は筋肉ムキムキになりたい獣人族。」

待て待て、パワーワードが多すぎて思考が追いつかない。

「待って。ゆで卵がなんだって?」

名前以外の部分のインパクトが強すぎる。

おや?この丸印、速度は速くないが、まっすぐこちらに向かってきている。俺のいる場所が分かっているのだろうか?

俺は木の影に一応隠れて様子を見る。残り2つの丸が動いていない以上、まずは仲間なら合流するべきだろう。

緑の丸印が近づいてきた。先ほどまで俺が立っていた場所の横にあった木々の間から一人の女の子が顔を見せた。ショートカットの髪の毛が印象的だ。周りをキョロキョロと見渡しているようなので、どうやら俺の存在には気がついていないようだ。

俺は大天使ミコエルの契約書の力をすでに発動している。この状態ならいきなり襲われても問題ない。それなら……

「『ステータス』」

俺は目の前の女の子の能力を確認する。

文月莉音
種族:獣人
レベル:16
固有スキル:羆殺し
経験値:147258
体力:500
魔力:124
攻撃:700
防御:350
敏捷:502
状態:冬眠LV2、腕力強化LV2

獣人族の女の子だった。見た目では獣人族だと分からなかった。誰もが動物の姿をしているわけではないようだ。

試験官にはonzeさんもいるのだろうか?そんなことを思ったりもしたが、今はそんな場合ではない。

4人1組ならばあと3人が近くにいるはずだ。合流したいところだが、動物たちの居場所を知るのが先だ。「マップ」はすでに発動している。

サーチ:動物

対象は広くなるが、すでに対象以外の動物がいないことは確認済みだ。人間や他の種族を動物と認識されるかもしれないが、それなら近くにある点が仲間という可能性もある。

……………

FIND

……………

画面に複数の丸印が出現する。同時に俺の頭の中の地図にも丸印が点灯した。
対象の範囲は10キロ。サーチの最大範囲だ。

丸の数は……1、2、3……うん、ざっと数えただけで12ほどある。つまり、人間なども動物にカウントしているということだ。

俺の近くにはよく見れば確かに3つの点がある。2つは止まっているが、1つは移動している。移動速度はそれほど速くないから、移動しているのはターゲットになっている動物ではないだろう。

「受験生諸君、転移は成功した。そこは先ほどまでいたセレスティアの練達場ではない。シルバーケープにある試練の島だ。危険度は2。それほどの脅威となる相手はいない。察しのついている者もいるだろうが、その島には先ほどの映像に出ていた動物たちを放ってある。その島には他の動物はいない上に、放った動物たちはまだ魔物化はしていないことは確認済みだ。」

先ほどと同じく顧問Pによって、淡々と説明が行われていく。

「その動物たちを捕獲または撃退するのが、今回の君たちの試験となる。ちなみに、一人で取り組んでもらうのは大いに結構だが、今回はこちらで勝手にチーム分けをさせてもらった。チームは4人編成。近くにメンバーが転移しているはずなので合流するように。何かあれば試験官たちが助けてくれるから受験生各位は心置きなく戦ってくれれば良い。」

顧問Pの説明が終わりそうだ。

「長くなったが、この試験では受験生同士の戦闘は禁止されている。違反者はその場で不合格となるので心するように。それでは、試験開始だ。」

顧問Pからのメッセージは一方的に打ち切られてしまった。

よし、次は「マップ」だ。起動と同時に頭の中に地図が浮かび上がり、場所の名前が確認できた。

…………
試練の島 危険度2
登録番号236
…………

試練の島か。つまり、ここは「シルバーケープ」だ。はなぽさんたちの話によれば、レミルメリカの最も北にある国で、試練の島と呼ばれる無数の島々で構成されている。氷雪の国、魔物の国、色々な呼び方があるらしいが、魔物たちが闊歩していると聞いた記憶がある。魔物ハンターたちが自分の腕試しに来るような場所に受験生たちを送り込むとは、なかなか激しい試験のようだ。

そういえば、動物たちを捕まえないといけないんだった。「サーチ」で周りを探れば、すぐに見つかるだろう。課題を早々にクリアするために「サーチ」を使おうとした瞬間、「メッセージ」の魔法が発動された。

試験官からだろう。俺は受け取る許可を出した。

ハザマノセカイとはちがう。風もあるし、ジメジメした感覚もある。いきなり何かに襲われるようなことはなかった。

俺はタブレットの画面を起動。アイテムボックスを開いた。

……………
アイテムボックス(1504/∞)
ドイルの契約書1
ミコエルの契約書1
TOMOKI++の契約書1
わんわんPの契約書1
ライチョー隊長Pの契約書1
ダンテPの契約書1
白紙の契約書1495
封印の鍵1
セレスティアの市民証1
魔物ハンターの証1
……………

俺はTOMOKI++の契約書を選択する。

…………
TOMOKI++の契約書を使用します。
…………

一度契約書を発動してからすぐにちがう契約書を使うと効果はリセットされる。

…………
ミコエルの契約書を使用します。
…………

これがトランスモーフのチートなところだ。大天使ミコエルの力は、発動してから一定時間が経過するまで相手からの攻撃を受け付けない。それを契約書を交換する度に使用できるのだ。ほぼ無敵状態と言ってもいい。

「見たか?受験生諸君、これから君たちにはチームを組んでこの動物たちを捕獲、または撃退してもらう。今、君たちが分けられているのは、それぞれの適性に応じた場所だ。右側にいるのが戦士適性の高い者、左側にいるのが魔法適性の高い者、真ん中にいるのがどちらの適性かを選択できる者たちだ。」

俺は真ん中にいるということはそういうことか。先ほど注目されていた人たちは戦士適性の方にいるようだ。越黒リタの姿は見えない。しかし、この動物たちはどこにいるんだ?

顧問Pは続ける。

「現地にはすでに試験官たちもいる。各自の検討を祈る。」

今、現地って言ったよな。
ということは……。

「魔法陣、起動。」

このステージ全体に転移の魔法陣が設置されていたのか。周りの受験生たちが突然の展開にざわつく中、俺は冷静だった。いきなり攻撃されなかっただけマシだ。どこに転移されるのかは分からないが、転移先に着き次第、大天使ミコエルの契約書の効果が消えていないかどうかを確認しよう。

先日体験した転移の感覚が俺を包む。

次に気がついた時、俺は森の中にいた。

「『エアーブロック』『ヴィジョン』」

顧問Pの魔法に合わせて、空中に薄い直方体が現れ、そこにテレビの様に画面が映し出された。受験生たちがざわついている。そんなに珍しい魔法なのか?そして、画面に映し出されたのは、複数の巨大な獣の映像だった。

最初に映ったのは巨大な猪。画面の中では、森の中を悠然と歩くシーンに続いて、走りながら猪が突っ込んでいくシーンがあった。
おや?よく見れば猪が突進して行っている先に一人の人が剣を構えて立っている。あれは、kentax剣闘師団団長では?そう思った瞬間、画面が切り替わった。

次に映ったのは巨大な鹿。最初から網にかかっており、角をブンブンと振り回している。また周りには何人かの戦士がいるのが見えた。

三番目は巨大な熊、四番目は巨大な虎、五番目は巨大な鰐、六番目は巨大な蟹、七番目は巨大な蟷螂、八番目は巨大なゴリラだった。

蟹や蟷螂まで巨大化してるのかよ。巨大になった動物は人間にとっては脅威以外の何者でもない。

俺は転生者と言われハッとした。それにライチョー隊長Pと俺が戦ったことを知っている。そう、俺はライチョー隊長Pを倒してはいない。暴走を抑えただけだ。しかし、どうしてそれを?まさか、越黒リタは……。

驚いている俺の手をスッと離し、越黒リタは離れていった。闇姫P?まさか、ボカロ丼にいた関係者なのか?考えている内に受験生たちの間を器用にすり抜け、越黒リタは姿を消した。あのプレッシャーもすでに感じなくなっている。いったいさっきのはなんだったんだ……。不安を感じている俺のことなど関係なく、競り上がってきた地面の台の上にはいつの間にか一人の男が立っていた。

「受験生の諸君、おはよう。本日の試験監督の一人を務める顧問Pだ。合格者とは授業で会うことになるだろう。早速だが、今から試験内容を発表する。」

顧問Pか。ガッチリした体格で、眼鏡をかけた真面目そうな男性だ。ちなみに、話し方のイントネーションに関西弁が混じっているような気がする。ボカロ丼で見たことがある人で間違いないだろう。

そして、受験生たちの緊張が高まる中、顧問Pは右手を上げた。

地鳴りが聞こえる。ステージの目の前にあった地面が競り上がり、数メートルの高さまで登っていくのが見えた。どうやら試験が始まるようだ。

「あら、試験が始まるみたいですね。ドイルさん、お互いに頑張りましょうね?」

越黒リタは手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。この握手を受けるべきではないと直感的に思うが、周りが全く気がついていないことを考えると、ここで理由もなく断るのは失礼すぎる。

俺は差し出された右手を握るため、汗をかいていた左手の拳を開き、服で汗を拭う。そして、差し出された手を握り返した。このプレッシャーの中、よくこれだけのことができたと自分を褒めてやりたい。

握手を終え、手を離そうとした瞬間、越黒リタが俺にグッと顔を近づけてきた。俺は後ろに飛び退きそうになり、顔を逃した。だが、越黒リタはいきなり後ろに下がった俺の耳元まで一気に近寄って来た。そして、耳打ちする。

「あなたも大変ね。どこかの鳥さんを倒したことにされちゃって。私のもう一つの名前は闇姫P。今度は一緒に遊びましょうね、転生者さん。」

越黒リタは気さくに話しかけてくる。自分がどれほどのプレッシャーを放っているか自覚していないのだろうか。そもそもどうして俺以外の周りの奴らは反応していないんだ?これだけの力を感じれば全員が戦闘態勢を取ってもおかしくない。

「最近、クロスフェードに来たばかりなので。」

ダメだ。越黒リタから目を離せない。すでに多くの受験生たちがステージに並んでおり、いつ試験が始まってもおかしくない。

「そうなんだ。私も最近クロスフェードに来たばかりなの。あなた、なんだか話しかけやすそうだったから、突然ごめんなさいね。」

普通の男なら喜んで話をするのだろうが、俺の背中からは未だに冷たい汗が消えない。

「いえ、俺も試験で緊張してるんで。」

俺はいつの間にか左手の拳をギュッと握り締めていた。それと時を同じくして、周りの受験生たちがざわつき始めた。

ゴゴゴゴゴ……

俺は周囲を警戒しながら見渡す。これだけ人がいると誰かは分からないが、大天使ミコエルの力を使用している俺にこれほどのプレッシャーを与える相手。刹那、俺の視界に漆黒の服を見に纏った女が映った。

ゴシック・アンド・ロリータ。転生前の世界で、ゴスロリと呼ばれていた服装をレミルメリカで見るのは初めてだった。女はこちらに歩いてくる。他の受験生たちはこのプレッシャーに気がついていないのか、全く反応を示さない。警戒する俺の近くまでその女はやって来る。

「はじめまして。越黒リタです。」

越黒リタ。聞いたことのない名前だ。スカートの両端を恭しく摘むと貴族の令嬢ように足を後ろに引いて軽く頭を下げる。やはり、このプレッシャーはこの女から発せられているものだ。魅惑的な笑顔を見せているが、近くに来ると俺の感覚が「離れろ」と警報を鳴らしている。

「ド……ドイルです。」

俺はできる限り冷静に返答した。大天使ミコエルの力を纏っているからいきなり攻撃されてもやられることはないはずだ。

いったい何者なんだ……。

「あなた、このあたりの人じゃないでしょ?」

「おい、あれ見ろよ。」

一人の受験生が何かに気がついて声を発した。それを機に周りの全員が反応する。声の出所は俺の斜め後ろくらいだ。

「あれは森の戦姫じゃないか。」
「亡国の姫。」
「学園に来ると言う噂は本当だったのか。」

どうやら有名な人のご登場だ。俺も確認しようと後ろを見る。

「あれは……。」

見覚えがある。長い髪と動きやすそうな鎧、剣に施された羽根の装飾。市民証の発行の時にすれ違ったあの女性だ。これほどの有名人だとは知らなかった。彼女は周りのことなど気にもせず、ステージに登り列に加わった。俺とは入ってきた場所が違うようだ。

「あそこを見ろよ。魔物ハンターだ。」
「あれが新鋭のハンター、きいちか。」
「現役のハンターで学園に来るのかよ。」

もう一人、有名な人物が来ていたようだ。きいち……どこかで聞いた名前だ。

ゾクッ

突然、俺の背筋を寒気が襲った。
なんだ?理由は分からないが、いきなり重苦しい空気に包まれた気がする。そして、視線を感じる。どうしたっていうんだ?

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